米失業率 4.3% × Fed政策金利 3.63%──フィリップス曲線の現在地
「失業率とインフレ率は反比例する」というフィリップス曲線は古典的な経済学の前提だが、コロナ後の米国データはこの関係を一直線では描けない。失業率・政策金利・コアCPIの3指標を組み合わせて FRB の利下げ判断の現在地を確認する。
直近の現在地(2026年6月)
米FF金利・失業率・コアCPIの推移(直近5年)
2020年COVIDショック → 2022〜23年の急速利上げ → 2024年からの利下げサイクル、という三相が見える。
3つの局面で読む過去5年
① 2020-2021: 緊急緩和とインフレ加速。COVID で失業率は14.8%まで急騰、 FRB は政策金利をほぼゼロ(0.05%)まで下げて景気を支えた。 その後、財政・金融の両方が大規模に緩和される中で 労働需給が逼迫、賃金とサービス価格が上昇、コアCPI は6.62%(2022年9月)でピークアウト。
② 2022-2024: 急速な利上げと失業率の低位安定。FRB は政策金利を 5.33% まで引き上げたが、失業率はほぼ 3.4〜4.0% の狭いレンジで 驚くほど低位安定を続けた。「インフレを抑えるためには失業率を上げる必要がある」という 伝統的なトレードオフは、この期間ほとんど機能しなかった(いわゆる「ソフトランディング」局面)。
③ 2024-2026: 利下げ開始と緩やかな失業率上昇。コアCPI が 3%台に低下したのを確認して、FRB は2024年後半から利下げに転換。 現在 FF は3.63%、コアCPI は2.82%、失業率は4.2% へ。 失業率の上昇は限定的だが、ピークから 0.9pt 程度の上昇は労働市場の冷却を示している。
フィリップス曲線:失業率 × コアCPI(直近20年・月次)
伝統的には右下がりが期待される(失業率↑ ⇔ インフレ↓)。実際の散布は綺麗な曲線にはならず、2021〜23年に上方シフトが起きた。直近24ヶ月(赤)は左下の象限に向かって動きつつある。
フィリップス曲線は「シフト」する
散布図を見ると、2010年代の点群は左下に密集している(低失業 × 低インフレ)。 ところが 2021〜2023年の点群は 急に上方にジャンプ し、 失業率 3.5% 前後にも関わらず コアCPI が 6% 超まで上昇した。 これは「自然失業率(NAIRU)が一時的に上方シフトしたか、インフレ期待がアンカーから外れたか、 外的供給ショック(コロナ・エネルギー)がフィリップス曲線そのものを上に押し上げたか」 のいずれかと解釈される。
直近24ヶ月の点群(赤)は徐々に左下に戻りつつあるが、2019年以前の水準にはまだ届いていない。 FRB は「失業率を大きく上げずにインフレを 2% まで戻せるか」という綱渡りの最終局面にある。
代替仮説の検討
- 「ソフトランディングは政策の成果」とは言いきれない。労働供給の回復(移民の増加、労働参加率の上昇)が逼迫を緩めた可能性がある
- 失業率が政策金利に応答しない構造変化。リモート労働の普及、企業の労働者保蔵(labor hoarding)が雇用統計の感応度を下げた可能性
- コアCPI 低下は「金利の効果」ではなく「供給ショック解消」。サプライチェーンの正常化、エネルギー価格の落ち着きが寄与
- 「2% 目標」の意味の変化。FRB の判断軸は CPI ではなく PCE デフレーター(より低めに出る)。CPI 2.82% でも PCE は 2% 近傍の可能性
限界と留保
- 失業率は労働参加率の変化に敏感。働く意欲を失った人が労働力人口から外れると分母が縮み、見かけ上の改善になる可能性
- 本記事は CPI ベース。FRB の主眼指標である PCE(個人消費支出)デフレーターでは数値が異なる
- 「フィリップス曲線がシフトした」という解釈は事後的なもの。当時のリアルタイムでは判断が難しい
- 金融政策の効果には1〜2年のラグがある。現在の失業率は2024年の利上げピークの結果。利下げの効果はまだ完全には表れていない
- 失業率の月次データはサンプリング誤差(CPS 世帯調査)を含み、単月の変動だけでトレンドを語るのは危険
- 米国データを日本に直接当てはめるのは難しい(日本の失業率は3% 前後で安定)。「日本のフィリップス曲線」は別途の検証を要する
データ出典
| 使用データ | 出典 |
|---|---|
| 米FF金利(実効) | FRED (FEDFUNDS) |
| 米失業率 | FRED (UNRATE) |
| 米コアCPI前年同月比 | FRED (CPILFESL) |
| 米CPI前年同月比 | FRED (CPIAUCSL) |
※ データは各機関の公開統計を当サイトで収集・加工したものです。最新値は各出典元でご確認ください。