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日本のフィリップス曲線──失業率2.7% × コアCPI 1.4%の異常事態

経済学の教科書では「失業率↓ ⇔ インフレ↑」のトレードオフが成立するはず。しかし日本の直近データは失業率2.4〜2.7%という歴史的低水準にもかかわらず、コアCPI は1.4%まで低下している。同じ期間の米国(失業率 4.3% × コアCPI 2.82%)と並べて、日本固有の労働市場構造を検証する。

直近の現在地(2026年4月)

日本 失業率
2.70%
2015年以降の最低 2.10% に近い水準
日本 コアCPI 前年比
1.40%
直近ピーク 4.20% (2023年1月) から低下
日銀 政策金利(コール)
0.727%
利上げサイクル進行中

日本の失業率とコアCPI前年比(2020年〜直近)

伝統的なフィリップス曲線が成り立つなら、失業率が下がるとインフレが上がるはず。2022〜23年は実際にそうなったが、2024〜25年はインフレが減速しつつ失業率は最低水準を維持している。

日本のフィリップス曲線(2015〜直近)

灰色=2010年代、赤色=2022年以降のインフレ局面。2022〜23年は明確に右上ジャンプしたが、その後は左下に戻り、低失業率の領域に留まったままインフレだけが低下している。

日米比較:直近24ヶ月のフィリップス位置(青=日本、赤=米国)

同じ期間の散布図を重ねると、両国は明らかに別の象限を移動している。日本は失業率2%台×インフレ1〜3%、米国は失業率4%台×インフレ3%超。

日本のフィリップス曲線は「水平に近い」

散布図が教えるのは、日本ではここ10年以上 「失業率を下げてもインフレが大きく上がらない」 ということだ。 2010年代を通じて失業率は 5% から 2.4% まで −2.6pt 改善したが、その間コアCPI は概ね 0〜1% の狭いレンジに留まった。 2022〜23年のインフレ加速はコスト・プッシュ(円安 + エネルギー高)によるもので、需給ギャップ縮小による「グッド・インフレ」とは構造が異なる。

日銀が政策金利を 0.7% まで引き上げた現在、失業率はほぼ歴史的最低を維持しつつコアCPI が 1.4% まで低下している。 伝統的なフィリップス曲線では説明できない状態だ。

なぜ日本のフィリップス曲線は水平なのか

  • 賃金・物価の慣性。日本企業は労働調整より賃金抑制を選好する傾向が強く、労働需給逼迫が賃金上昇に伝わりにくい
  • 低インフレ期待の定着。20年以上のデフレ・低インフレで企業も家計も「物価は上がらないもの」と織り込んでおり、価格転嫁が起きにくい
  • 非正規雇用の緩衝作用。労働力の3割超が非正規で、需要変動を雇用調整助成金や時間調整で吸収する
  • 労働参加率の上昇。女性・高齢者の労働参加が増え、見かけ上の失業率が低くても新規供給で人手不足が緩和される
  • 輸入価格への依存。日本のインフレ率は内需より為替・原油・LNG価格に左右されやすい(海外要因)

米国とは何が違うのか

米国でも 2021〜23年にフィリップス曲線の「上方シフト」が観察されたが、米国は 低失業率にインフレが感応的 な構造を保っている。 賃金上昇率は失業率に応じて柔軟に動き、FRB が需給ギャップを意識した金融政策を続けている。 日本でも 2024 年以降に賃金上昇の機運が高まっているが、まだ持続的な賃金・物価スパイラルが定着しているとは言い難い。

投資家・ 政策担当者にとっての示唆は、「日本の失業率は政策の効果を測る指標として鈍い」 という点だ。 日銀が利上げを進めても、雇用が悪化するというフィードバックは弱い。 逆に賃金上昇率や有効求人倍率の方が、政策効果の伝達経路を捉えやすい。

代替仮説の検討

  • 「水平」ではなく「シフトしただけ」。実際には急傾斜のフィリップス曲線が下にスライドしている可能性。賃金上昇率を縦軸にすると見え方が変わる
  • 失業率の「分母」効果。労働参加率の上昇で分母が拡大、見かけ上の改善が大きく出ている
  • コアCPI の品目構成。エネルギーを除いたとしても輸入物価ウェイトが米よりも大きく、為替に左右される
  • 「持ち家家賃」の存在。日本のCPI は持ち家家賃の影響が大きく、これがゼロ近傍で硬直しているとコアCPI 全体が下押しされる

限界と留保

  • 失業率は完全失業率(総務省)、コアCPI は生鮮食品を除く総合(総務省)。両者の集計範囲は調整されているが、概念が完全一致するわけではない
  • 「フィリップス曲線が水平」という主張は事後的観察。リアルタイムでは「これからまた急峻になる」可能性も否定できない
  • 本記事は月次データを直接プロット。長期インフレ期待や予想物価との関係は別途検証が必要
  • 米国との単純比較は通貨制度・労働制度・産業構造の違いを捨象している
  • 「日銀の利上げが失業率に効きにくい」は構造観察。短期金利の波及経路(住宅ローン・企業借入)は別の指標で見るべき
  • 賃金統計(毎月勤労統計)とCPI のラグも考慮する必要がある

データ出典

使用データ 出典
完全失業率(全国・総数) 総務省 労働力調査(基本集計)
コアCPI 前年比(生鮮食品除く) 総務省 社会・人口統計体系
無担保コールレートO/N(月平均) 日本銀行 短期金融市場統計
米失業率 FRED (UNRATE)
米コアCPI前年同月比 FRED (CPILFESL)

※ データは各機関の公開統計を当サイトで収集・加工したものです。最新値は各出典元でご確認ください。